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100億年の奇跡 最終話(物質循環)

物語に隠された、惑星の秘密

100億年の奇跡 最終話(物質循環)

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「つまりだ、賢史が生きている間だけ、賢史を作るために物質が集まって、賢史がその物質を自分で操れる。自分が生まれる前はそのモノは別の何かだったし、死んでしまうと、もう自分では操れない別のモノになってしまう。これは偶然与えられたチャンスなんだ。それを活かさないでどうする」

おじさんは活き活きとして見えた。賢史が「でも...」と遮ろうとしたが、それを感じてか強い調子で話を続けた。

「でも、自分は取り柄が無くて生きている意味が無いと思っているか?それも間違いだ。賢史は人間だろう。人間くらいの高等な生物は、この長い宇宙の歴史の中でもかなり貴重なんだ。草木や他の動物、石ころにはできないことが賢史にはできるだろう。賢史は特別恵まれているんだ」

「でも、それでも賢史は一人ぼっちだと思っているか?そんなことはない。もともとはずっと遠くの場所でずっと昔に生まれて、植物だったり動物だったり、人間だったりしたものが、賢史なんだ。賢史を作ってるモノが、過去に色々な存在だったって考えてみてごらん。一人ぼっちだなんて思えないさ」

「でも、人間関係とか、色々面倒だって思うか?人間関係とか、目の前のやりたくない仕事とか、そういう小さいことを考えていると、どんどん人間が小さくなるもんだ。もっと大きく考えよう。もともと賢史は宇宙なんだ。そんな小さいことなんて気にするなよ。気にしても何も意味なんて無いんだ」

おじさんは賢史を見つめる。賢史は確実に勇気づけられていた。

「もう一度言うぞ。今、人間として賢史として存在しているだけで、惑星科学的には奇跡なんだ。100億年くらいの歴史のうち、たった100年くらいだけ今ここに賢史としている。しかも同じ物質の組み合わせで賢史が生まれることも無いんだ。賢史が賢史として何かができるのは今だけなんだ。もっと大きく考えよう。そしたら、なんでもうまくいくさ」

賢史は圧倒されていた。強いボディーブローを受けたような感覚だった。

「よし、戻るか」

そう言っておじさんは屋上を後にした。賢史は"ボディーブロー"が効いて、しばらく立ち尽くしていた。

次の日、朝起きるとおじさんは亡くなっていた。看護婦に聞くと、おじさんが言っていた通り"重い病気"だったらしい。"惑星科学の研究者だった"ということも本当で、研究を止めたくないという理由でギリギリまで入院を拒んでいたのだという。

昨日、あんなに活き活きと話してくれたことが嘘みたいだった。

賢史は泣いた。人目もはばからず、声を上げて泣いた。昨日までおじさんのいたベッドを何度もたたき、嗚咽をあげながらひたすら泣いた。退院までの数時間、ずっとおじさんのベッドで泣き続けていた。

そして、賢史は退院した。昨日までの賢史だったら、以前の言葉通り同じ過ちを犯そうとしたかもしれない。
しかし、賢史は前を向き、歩き出す。一歩一歩、地球の感触を足の裏で受け、歩いていく。 昨日の"ボディーブロー"の感覚を、137億年分の記憶を思い出そうとしていた。

そして辿り着いたのは、大学の屋上。そこから見る景色は、半年前と全く違っていた。

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【解説】物質循環

物質は、何もないところから生まれることも、消滅して何もなくなることもない。故に、全ての物質は、この宇宙の始まりから何らかの形で存在していたことになる。

始まりはビッグバン。難しいことは抜きにするが、宇宙誕生の3-10分後に爆発的な元素合成が起こり、単純な物質が形作られる。その後宇宙は次第に冷えていき、およそ30万年後に物質は主に水素原子に形を変えた。

宇宙空間に撒き散らされた物質はやがて集まり、恒星を形成する。その恒星の中心部では、核融合反応が起こり、ヘリウムや酸素など少し重い元素が合成される。恒星の種類によっては更に重い元素が作られることもある。

やがて恒星はその一生を終える際に、超新星爆発という爆発を起こす場合がある。このときにも、より重い元素が作られる。

爆発によって撒き散らされた物質は、いつしか再び集まり、惑星を形成する。そこで、生命が誕生することもあるだろう。

時が経ち、恒星が超新星爆発を起こすとき、再び物質は宇宙空間にばら撒かれる。そして、また集まり…を繰り返していくのである。

私達は宇宙の始まりの時に与えられた物質を、時を超えて分けあいながら生きているとも言えるだろう。

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