理は、ささやかな日々の中で息を潜めている。この街の、無数の物語。それは惑星の秘密へと繋がる道。

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彩の想いで(重力フォーカシング)

物語に隠された、惑星の秘密

彩の想いで(重力フォーカシング)

彩はベッドの上に仰向けに寝て、ぼうっと部屋の天上を眺めている。彩は高校3年生、都内の公立高校に通っている。肩にかかる黒髪はいつもつややかに光を反射しており、目鼻立ちも整っていて、どちらかといえば美人な方だ。外見からすれば男子にもてなさそうではないが、これまで本当の恋をしたことがない。それは彩の心の中に傷があり、そのせいで男を毛嫌いしているからなのである。その原因は、高1の時に彩の身に降り掛かった出来事にある。

彩にはさやかという小学校からの仲が良い友達がいる。家も近くだった2人はいつも一緒に過ごしてきて、お互い示し合わせたわけではないが高校も同じ学校に入学し、偶然クラスも同じになった。2人とも彼氏はいなかったので、高校に入ってからは、放課後に学校近くのファーストフード店で辺りが暗くなるまでひたすらとりとめのない話をしたり、ゲームセンターでプリクラを撮ったりと、とにかく一緒に遊んでいた。

ところが、高1の夏休みを過ぎた頃から、さやかと遊ぶ回数が減っていってしまった。彩が誘っても、断られることが多くなった。聞いてみると、さやかには彼氏ができたらしかった。同じクラスの達也だった。半年間同じクラスで過ごした彩だが、達也とは特に個人的に話した記憶はなかった。彩の目からみて達也は、確かに格好悪くはないが、正直さやかがそれ程までのめり込むほどでもないだろうと思っていた。

時が経つにつれて、さやかと遊ぶ時間は益々減っていき、ごくたまに遊んだ時も「達也君、格好良いんだよ」「もっと会いたいな」などと達也の話を聞くことが多くなった。以前の2人の楽しかった関係を奪われた気がして寂しかったが、さやかは幸せそうだったので、彩にはどうしようもなかった。

そんなある日、事件が起こった。深夜、彩がベッドの上でうとうとしているときに、突然彩の携帯電話が鳴った。電話を取ってみると、受話器の向こうでさやかが泣いていた。まさに号泣だった。「どうしたの?」と尋ねてみても泣いているばかりで、かろうじて「達也君が…」と聞き取るのが精一杯で会話にならない。わかるのは、さやかの身になにか悲しい出来事が起こった、それだけだった。結局、そのときはさやかが泣き疲れるのを待って、明け方に電話を切った。

翌日からさやかは高校に来なくなった。彩が電話やメールをしても返事はなく、音信不通になってしまった。しばらく経ってからクラスの噂で、さやかが泣き崩れて電話してきた理由を知った。簡単に言うと、達也は浮気をしていたのである。正確には、他の女子ともさやかとも対等に付き合っており、二股をかけていた。あの日、さやかは達也と他の女子が公園で抱き合っているところに鉢合わせしてしまった。そして、その相手は同じクラスでさやかとも仲の良い里美だったのだという。

当時の状況を簡単に語ることは難しくはないが、彼氏が友達とまぐわっている現場は、それが初めての付き合いであったさやかにとって、「人生の終わり」と思うまで落ち込むだけの十分な理由になり得た。

それから間もなくさやかは学校を辞め、彩ともあれ以来会っていない。当然、彩は達也に対して嫌悪感を抱くようになり、それどころか「男なんて…」と全ての男子に対しての接触を嫌うようにまでなってしまった。また、弄ばれていることに気づかなかったさやかにも嫌気がさして、それがそれっきり連絡を取っていない理由でもあった。

あれから2年が経ち、高校3年生になった。達也はこれに懲りてまじめに付き合うようになることはなく、それどころかあれからも多くの女子と付き合い続けているようだった。付き合う女子の多くは同じクラスの子で、今となってはクラスの女子の半分以上と関係を持っていると言っても良いだろう。不思議なことにどうやら、達也から誘っているのではなく、周りの女子の方が惹きつけられているようだった。高1の頃はそれほど魅力のある男ではなかったはずなのだが、現在の達也を取り巻く状況からは、もはやそれは想像さえできない。

そして、2年という月日は、彩をも変えてしまった。

「男女の関係って不思議。幸せになれないけど、今は幸せ。」そう声になるかならないかでつぶやき、彩は視線を天上から移す。隣りに寝ている達也の首筋にそっと口づけをして、ゆっくりと目を閉じた。

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【解説】重力フォーカシング

惑星は、元々は宇宙空間を漂うホコリであり、それらが合体して次第に大きくなっていく。この成長過程には幾つかのプロセスがあり、段階によって成長の様式が異なると考えられている。直径数キロメートルの「微惑星」と呼ばれるサイズの天体から、直径数千キロメートルの「原始惑星」と呼ばれるサイズまでの成長段階は、およそ以下のように考えて良い。

いま、沢山の微惑星が空間をランダムに飛び回っているとする。ランダムに飛び回っているのでいつかは微惑星同士で衝突し、そのときにぶつかった2つは合体する。時間が経つにつれて衝突を繰り返し、次第に成長していくことが想像できるだろう。ところが、このときの成長は「平等」ではないのである。

どのような描像か簡単に図で説明しよう。今、同じ質量の微惑星が8個あるとする。これらが順々に「平等に」成長していくと、左図のように成長が進むと考えられるだろう。しかし、微惑星から原始惑星の成長は、右図のように大きい微惑星がより早く成長する権利を持っていて、「不平等に」成長が進行するのである。

なぜだろうか。理由は、質量が大きい微惑星の方が、他の微惑星と衝突する確率が高いからである。例えば、渋谷駅前のスクランブル交差点で人がランダムに動き回っている光景を思い浮かべてみよう。その上空から交差点の真ん中に向かってボールを投げてみる。そのときどのようなボールを投げれば人にぶつかる確率が高いだろうか。当然、パチンコ玉よりも運動会で使うような大玉を投げた方が人に当たりやすい。つまり、ボールのサイズが確率を決める。

微惑星の場合だと、質量が大きい方がサイズも大きくなるので、上でいうボールのサイズ(衝突断面積という)は大きくなるのである。その上、質量が大きくなることによって、重力が大きくなり、周りの微惑星を引き付ける力も強くなる。この力によって、衝突断面積が更に大きくなるのである。これを重力フォーカシングという。このように、サイズが大きくなることで「不平等な成長」が生じる。つまり、成長の初期段階に少しでも大きくなった微惑星が、その後選択的に成長していくのだ。

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